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朝ドラ、スカーレットがおもしろいと思う4つの理由

投稿日:2020年2月11日 更新日:

徳本です。

私は朝ドラの『スカーレット』を観ていましたが、この作品は非常に面白く、人物描写や世界観描写も非常に丁寧だと思っています。

それだけではなく、この『スカーレット』には、今までの朝ドラでは存在しなかった画期的なヒロイン像が描かれています。

『スカーレット』で描かれている、その画期的なヒロイン像とは、“夢のために大事な人とのつながりを打ち捨て、その孤独を背負いながら突き進む”というものです。

今回は私が『スカーレット』をおもしろいと思う4つの理由について、感想を交え、作品の魅力がなるべく伝わるように書いていきます。

また、この記事は『スカーレット』本編のネタバレが書かれていますので、ご注意ください。


『スカーレット』がおもしろいと思う理由

私が『スカーレット』をおもしろいと思う理由は、以下の通りです。

人物描写が丁寧

『スカーレット』には個性的な人物が多く登場しますが、その人物像には一面では測れないものがあり、それは作品全体を通じて深く掘り下げられています。

たとえばヒロインの川原喜美子は三姉妹の長女として育ち、責任感が強い人物ですが、その一方で叶えたい夢を諦める悔しさも家族の前では吐露しない、素直な気持ちを隠す娘として描写されています。

それは貧困のなかで妹達を支えなければならなかったことや、父親の借金返済のために中卒で働かなければならなかったことが原因なのですが、このことは結婚後も続き、やがて大波乱を招くことに。

また喜美子以外にも三姉妹だと、次女でいいたいことはズバズバいうが、どこか素直ではない直子、姉達のことを大事にする優しい三女の百合子。

借金の原因で粗暴な亭主関白だが、一方で困った人を放っておけない父親の常治、夫にものがいえないように見えるが、娘達のことを考えたら動けるマツなど、川原家だけでも個性的です。

また、喜美子とは正反対の生き方を選ぶ幼馴染の照子や、相手への好意を%で測ってしまったり、どこか道化師のような振る舞いに徹したりと、相手との距離の取り方が下手な幼馴染の信作

喜美子の絵付けの師匠で年を経ても挑戦を止めない深野心仙、喜美子の結婚相手で優しい夫だが、既存のジェンダーにこだわる八郎など、喜美子の周りの人達は、誰もが人物描写に厚みがあります。

そしてこの深い人物描写の積み重ねが、後述する“父権主義との闘い”や“シビアな現実のなかで生きる主人公の姿”にリアリティを持たせているのです。

父権主義との闘いをメインテーマのひとつに据えている

『スカーレット』は、“父権主義との闘い”がメインテーマとして描かれています。

ヒロインである喜美子の父親、常治自分の都合で家族を振り回す、身勝手な父親として描かれており、彼がつくった借金が家族の貧困の原因でした。

喜美子は借金返済のために中卒で信楽から大阪へと働きに出なければならなくなり、そこで見つけた夢も捨てなければならなくなります

つまり、喜美子自身が父権主義の犠牲者として描かれており、『スカーレット』はそんな彼女が父権主義に対して抗い、真の自由を得るまでが描かれています

信楽に戻った後、彼女は新たな夢を見つけるのですが、そこで出会った十代田八郎という青年と恋に落ち、結婚して子供を設けます。

八郎は常治とは大きく異なり、亭主関白ではなく、妻である喜美子のことを考えられる優しい夫として描かれていました。

しかし一方で八郎は、“男と女はこうだ”という既存のジェンダー観に囚われた人物でもあり、喜美子は陶芸家として活躍する彼を支える中で、次第に自らの陶芸への情熱を隠すようになります

八郎は喜美子に「作品をつくりたいなら思うようにつくればよい」と告げますが、一方で彼女の生来の才能によって自分の立場が脅かされることに恐怖します。

八郎は“陶芸家の妻”としての立ち位置にある喜美子に、「それじゃ才能が埋もれてしまう!」と、彼女の背中を押しますが、それはあくまで自分の制御下でという前提付き。



そして喜美子と八郎の立場は逆転し、喜美子は“芸術を極める者”として、八郎は“技術を活かして生活用陶器をつくる者”となります。

やがて喜美子はあふれ出る才能によって八郎の制御下を容易く越えるようになり、彼の掲げる“父権主義”や“囚われのジェンダー観”と対立していくのです。

このように『スカーレット』では、喜美子がさまざまな“父権主義”と対立する構造が用意され、そのなかで喜美子の誰に頼ることもなく、自らの力で未来を切り開いていく姿が描かれています。

『スカーレット』ではそんな彼女の在り方を通し、いまだに現実の日本にはびこる父権主義や、既存のジェンダー観への問題提起がなされているのです。

私はそれもまた、『スカーレット』の魅力だと思っています。

貧困や偏見といった、シビアな現実のなかで生き抜く主人公の姿

先に述べたように『スカーレット』では、喜美子が父親のつくった借金によって人生を翻弄され、姉妹とともに極貧の環境下で過ごす様子が描かれています。

また、彼女は中学校で学年トップの成績だったのですが、家庭の事情で進学を止め、中学を卒業後に働きに出ることになりました。

『スカーレット』では、そんな貧困下にいる喜美子達の背後にある苦しみや悲しみがさりげなく挿入され、それでもめげずに前を向く家族の姿が描かれています。

そのため、一見すると彼女達が貧困下にいたということを忘れてしまうこともあります。

また、中卒の喜美子に対する世間の偏見や、「奥さんだから」という理由で八郎に比べて軽く扱われる姿なども挿入されています。

『スカーレット』は、そんな世間の偏見を喜美子が生来の才能で超越していく物語でもあるのです。

孤高の緋色の陶芸家、川原喜美子の人物像

従来の朝ドラでは、夢を叶えたり社会的な成功を収めたりしたヒロインが、それを素直に喜ぶ姿が描かれていました。

『あさが来た』のように、“成功の一方で夫との穏やかな時間を失った”と描かれた話はありましたが、それでも“夢を叶える”こと自体に影は一切ありませんでした。

しかし、この『スカーレット』では、喜美子が“陶芸家になる”という大きな夢を叶える代わりに、大きな代償を背負います

その代償とは、夫である八郎との完全な断絶でした。

このとき、喜美子は器の色を出す釉薬(ゆうやく)を使わずに発色させる「自然釉(しぜんゆう)」に挑戦するため、自宅庭につくった穴窯を使っていました。

しかし穴窯は家計に多大な負担を与えてしまい、その性急なやり方に八郎は反発しますが、実はその反発の根本には“既存のジェンダー観”がありました。

つまり“喜美子は女だから自分の制御範囲を超えて穴窯をするな”ということで、八郎は喜美子と対立したのです。

喜美子はかつて少女時代に働きに出た大阪で、夢のために家族をも犠牲にしようとした姿勢を省み、今までの仮面を外して、陶芸家になりたいという思いに素直になります

喜美子は息子の武志に自分の志を伝え、“家族を守り、全ての責任を自分で背負う”と明確にして再び穴窯に挑みます。

何度かの失敗を重ね、“自然釉の器を成功させる理論”へと辿り着きますが、それは喜美子自身にも危険の及ぶやり方でした。

八郎はそんな喜美子に対し、「喜美子は自分にとって陶芸家ではなく女だった。今までも、これからも。だから危ないことはしないでほしい」といいます。

しかしそこには、同時に“喜美子は女だから危ないことはするな”という意味も含まれており、それに対して喜美子は「陶芸家になる」と宣言し、彼の“父権主義”に抗いました

結果、穴窯は成功し、喜美子が火傷を負うようなこともありませんでしたが、一方で喜美子に自分の才能を超えられた八郎は彼女のもとから去りました

喜美子は夢を叶えた瞬間、“大事な人を失う”という影を背負ったのです。

喜美子は陶芸家になり、社会的成功を収めて貧困からも脱し、芸術を極めるため家族を養うために単身陶芸を続けるも、そこには哀しみ孤独が滲んでいました。

つまり喜美子は父権主義に闘いを挑み、勝ったものの、当時のジェンダー観によって孤独を背負い、それでも挑戦を続ける人間として描かれているのです。

その後、喜美子は小池アンリという女優と陶芸作品を通じて出会い、彼女の手引きもあって、父権主義を省みた八郎と再び武志の家族としての交流を再開

青年となった武志も陶芸の道に進むことを選び、喜美子とも違う、釉薬を使ったやり方で自分なりに陶芸を極めようとします

全てが順風満帆に進むかと思われた矢先、悲劇が襲います

武志が白血病に侵され、喜美子は彼の余命が3年から5年だと医師から告げられるのです。

当初は残酷な現実に悲しむも、やがて喜美子は武志の病と向き合う覚悟を固め、「必ず何が何でも武志を救う」と決意します。

そして喜美子は息子の白血病という、突然家族に降り掛かった大いなる影にも闘いを挑んでいくのです。

こういった描写が従来の朝ドラヒロインにはない、『ターミネーター』シリーズのサラ・コナーのような悲壮感を宿した、孤高の存在として喜美子を位置付けていると思います。

これもまた、ほかの朝ドラにはない『スカーレット』独自の魅力だと私は思います。

まとめ

以上、私が朝ドラの『スカーレット』がおもしろいと思う4つの理由でした。

私はこの『スカーレット』劇中において、喜美子の従来の朝ドラヒロインとは違う在り方が描写されていたことに感動し、この記事を執筆しました。

劇中で、喜美子が人として真に強くなっていく経緯が丹念に描かれていたことも、この『スカーレット』の完成度を高める大事な要素だったと思います。

また、劇中終盤では、喜美子の息子・武志が自らの病と向き合う日々を通じ、“いつもと変わらない日常を過ごせることの尊さ”や、“生きることの尊さ”が描かれていました。

本記事をきっかけに、今後、『スカーレット』に触れる人が増えてくれれば幸いです。




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